正論じいさん
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    松阪駅近くの商店街に出没して、ちょっとでも公道にはみ出している看板や植木、自転車などを勝手に運んだり、注意して回っている「正論じいさん」の話題が盛り上がっている。いるいる、こういう高齢のオトコ。珍しくワイドショーをいくつも見ていたら、そのおじいさんは、おまわりさんや商店の人に思いきり正論を振りかざした後、悪びれる様子もなく、車道を斜めに横切って行った。横断歩道がすぐ脇にあるのにもかかわらず・・・だ。おいおい、道路交通法は無視してもいいのかい? 

    年を取ると足腰が弱くなるのは仕方がない。スピードも遅くなるし、ヨタヨタしているのは責められない。困るのは、どんな人混みの中でも、「そこのけそこのけ俺様が通る」といわんばかりに、人の流れのど真ん中や、エスカレーターを降りたところで急に立ち止まることだ。そういうおじいさんがをよく見かける。当然後ろの人に押されたり、肩がぶつかったりするのだが、そんなとき、おばあさんの場合は「すみません」と低姿勢。しかしほとんどのおじいさんは、よけてくれないおまえが悪いといわんばかりににらみつけたりするのだ。

    思うように人の流れに入っていけない自分自身がもどかしいのか、腹立たしいのかもしれないが、おじいさんはたいてい自分中心で、不機嫌だ。特に、かつてエリートだった高級老人といわれるオトコたちは本当に始末が悪い。特別扱いをしてもらうのが当然だと思い込んでいるのだろう。幸い、私が付き合っている高齢者たちはみんな一般庶民だから、男も女もいい感じに年を取っている人たちばかりだが・・・。

     

    | wife編集部 | - | 19:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    のだめカンタービレ
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      寝る前にぼんやりテレビサーフィンをしていたら、久しぶりに「のだめ」に再会。映画版の「のだめカンタービレ」の後半を放映していたチャンネルに遭遇したのだ。時間を忘れて見入ってしまった。なつかしい〜。10年以上前だったと思う。私が「のだめ」を知ったの連続テレビドラマ、誰から借りたのか忘れたけれど原作漫画本を借りて、結構はまっていた。

      両親を引き取る前、息子が立川南口の音楽と絵画のギャラリーを管理していたころ。まだ元気だった国立楽器から有名なグランドピアノを提供してもらい、小さなコンサートも企画していたころだ。

      漫画の「のだめ」と違って、実写版は全編に流れるピアノ曲がすてきだったが、実写といっても、ほとんど漫画。笑ってしまうくらいにふざけたシチュエーションだけれど、王道のクラシック名曲が身近な音楽として楽しめるようになったのだ。

      昨晩見ていた映画は、2010年の放映とあった。父と母を抱えて、そろそろネを上げそうになっていたころだ。仕事は順調、故赤井さんのがん再発がわかって心細かったが、それでもまだ、「のだめ」のストーリーに我が身を重ねて夢を見る余裕があった。若かったなあ。

      | wife編集部 | - | 09:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      新しい親戚
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        三人の息子がいる私が、結婚相手の親御さんとの4回目の顔合わせ、会食に臨んだ。出産時に嫁ちゃんを亡くした次男の再婚が決まったのだ。私は一人親として、お相手、4家族族と席を同じくしたことになる。奈良、柏崎、東京・錦糸町、そして広島、育った環境やご両親の暮らす地は見事に異なる。すべて息子たちのご縁なのは言うまでもないが、日本全国飛び回った私にとってはそれぞれの親族と非常に興味深い出会いだと感じている。

        次男の再婚相手はひとまわりも違うため、わざわざ広島から出てこられたご両親も、私より10歳以上若い。それなりに歳と経験を重ねてきた私だから、4回目にして最も落ち着いたおもてなしができたと思う。嫁ちゃん曰く、「両親は仲が悪いから・・・」とホテルは2部屋取ったにしては、和気藹々のい夫婦だった。大企業に勤めているわけでもなく、絵なんか描いていて、しかも再婚で、親は離婚、なんていう条件の悪い息子と結婚したいと言い出した一人娘に、「良かったね」「良かったね」と小さな声で何度もいっているお母さんを見て、胸が熱くなった。

        真面目にコツコツと頑張っていれば、いいことが絶対にあるもんだ。人生捨てたもんじゃない。でも、私には、まだ思い残すことがいくつかある。それを一つ一つ解決して行かなきゃ、まだ死ねないな。

        | wife編集部 | - | 10:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        墓前に報告
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          次男が結婚する。その報告もかねて、両親の墓参りに行った。12月と1月に行って以来だ。歩きづらい、足が腫れていると、ずっと不調だったから、母の命日にもでかけて行く気になれなかった。亡父のご先祖様の墓であるが、今や定期的に墓参りをしているのは私一人だけだ。管理料を支払っているのは独身の弟だが、誘わないと自らは何も行動しない男。母が亡くなって以来、いちども墓参りはしていないと思う。彼が死んだら、墓守はいなくなる。それも仕方がない。両親と、先祖代々のお位牌(霊じ)は我が家の神棚にまつってあるから、うちの息子たちがこの先保管してくれるだろう。でも、墓の面倒までは頼めない。息子たちは、私が入る予定の、国立に買った小さな墓だけをみてくれればいいのだ。それも、そのうち合葬にしてもらえばいい。こういう私の思いも、きちんと書き留めておかないといけないことはよくわかっている。三人も息子がいて、それぞれに連れ合いがいて、その連れ合いにも親族があるから、何が起こるかわからない、口約束は、約束しないのと同じだ。書いておかなくちゃ・・・・、わかっていてもまだ何も進めていない私だが。

          結婚・・・、好きなもの同士一緒に暮らせばいいというわけにはいかない、親である私にとっては、お付き合いする親族が増えるという事実もある。この年になって少々おっくうではあるが、きっと最後のお役目。

          墓の前で、いつもより少し長めに、「じいちゃんとばあちゃん」に手を合わせた。

           

           

          | wife編集部 | - | 16:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          地元で楽しむ
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            狛江に引っ越してきて1年。子育て時代に親しく行き来していた知人夫婦と、20年以上ぶりに会った。本当は女同士で食事をするつもりだったのだが、旦那がついてきたのだ。夫婦ともに狛江で生まれ、育ち、家業を継いで安定した家庭を築き、今も地元の核になっている二人。若い頃の彼女は、それなりに悩みが多くて、合うたびに夫や舅・姑への不満が炸裂していたものだ。家業は手伝わずに自分でアパート経営をしてみたり、小さな店を作っては潰し、PTA活動にも熱心だったが、「所詮、お金持ちのすること」と醒めた目で見られていた。我が家の息子たちと、それぞれ学年が同じ三人の子どもつながりで、彼らと私とはかなり深い付き合いがあったと思う。夜な夜な飲み歩いたこともある。私の仕事が軌道に乗って、狛江は寝るだけになってから、その上、立川に居を移してからは、ほかの知人と会うことはあっても、彼女とは疎遠になっていた。

            義理の親を見送り、子どもたちも独立してからは、すっかりおとなしくなったという噂の彼女がセッティングした中華の店には、しばらくして旦那も現れた。3年前にがんの手術をしたということは聞いていたが、ひとまわりも二回りも小さくなった。声も弱く衰えていたが、あのときはこうだった、ああだったと話題は尽きなかった。紹興酒を散々開けてから、どうしてももう一軒行きたいという。誰に遠慮する身ではないから、断る理由もない。途中でばったり出会った彼ら家族いきつけの整骨の先生とともに、カラオケ目的で駅裏のスナックに入ったのはすでに10時過ぎ。そこから零時を回るまで、歌う、歌う〜。がん手術後3年の旦那は、はじめは細い声を振り絞っていたけれど、だんだん大きな声も出るようになり、ご満悦のようす。旦那行きつけのスナックのママたちも、何年ぶりかで元気な姿を見たと、同窓会のように盛り上がった。あんなにうるさ型の彼女も、まるでドラマの中でみる落ち着いた夫婦のように見える。患った夫を気配りする妻の姿・・・か。

            狛江だけで完結した夜遊び、地元感満喫。

            | wife編集部 | - | 19:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |