和田さん復活
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    真っ青な空だった。銀行巡りで歩き回った一日、汗ばむほどの陽気だった。確実に春は近づいている。

    先日の田中、和田両氏を交えた2時間半の中で、和田氏が繰り返し話題にしたのが「日本会議」のこと。最新号のWife投稿の中に、選挙の出口調査でのやり取りが書かれていたものがあった。「ほかに入れる政党がないから、自民党…」というくだりに、和田さんは強く反発する。実際にはそんな人が最も多いのだと思うけれど、力不足の野党のことをうんぬんする前に、自民党の票を支えている日本会議の本当の姿をもっと知らなくてはいけないと力説するのだ。「次の号で書くわ」と、和田さんは完全に復活した。

    神社関係の知り合いが多い私は返す言葉もないが、大日本帝国の亡霊は確かにいる。右翼といわれる人たちにもいろんな団体があるし、改憲を唱えている団体もいくつもあって、少しずつ狙っていることが違うから厄介だ。日本はどうなっていくのだろうか。和田さんの投稿を楽しみに待ちたい。

    | wife編集部 | - | 16:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    88歳、米寿を祝う!
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      わいふの元の主軸である、田中喜美子と和田好子の米寿の祝いを兼ねて、田中邸で集まった。88歳、ふたりとも頭脳明晰、歯切れ良い口調は健在だ。和田さんに至っては、千葉の白井市から2時間かけて一人で電車でやってくる。2年前にお連れ合いをなくした後、はた目にも元気がない様子だったのだが、昨年1O月にお目にかかった時よりもさらにもっと生き生きと復活していた。お二人は私たちの目標だ。

      そうはいっても、1時間もたつと同じ話の繰り返しになる。頭の中のテープはせいぜい30、40分でオートリバースになるのは高齢の証だ。若干耳も遠くなった。仕方がない……。

      田中邸を失礼した後、現スタッフでのご苦労さん会が実に有意義だった。これから先の方向付け、見通しを、常にみんなには投げかけていたのだが、いつも「編集長の考えは?」とか「おっしゃる通りにします」というように、おりこうさんの忖度満載の姿勢の人たちばかり。今回も、意見を求めたときに真っ先にそういう言葉が出てきた。ただ、「それがいちばん困る!」「何をするかはみんなが考えていかないと、次につながらない」と声高にぴしゃりと止めた時、久しぶりに参加した一人が堰を切ったようにやりたいことを話し出した。それにつられてもう一人、どんどん思いが盛り上がる。大成功。Wifeは通常のビジネス事業とは違う団体だから、心の底から「継続したい」「こうしたい」「ああしたい」と思う人がやっていかないと成り立っていかないのだ。損得を考える人は向いてない。今年は、何だか動いていきそうだぞ。

      | wife編集部 | - | 09:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      内房で仕事
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        千葉の岩井駅から内房線で東京に向かっている最中、羽生と宇野の両選手がそろって金と銀という速報を見た。顔を上げると、車内のほとんどの人たちがスマホに見入って、笑顔になっている。すごい、すごおい! 号外も出たというではないか。

        新宿から高速バスで富楽里で降り、取材相手がいる岩井で、そして館山で宿泊、再び岩井に戻って取材と、大忙しの2日間だった。フィギュアの演技はショートもフリーもリアルタイムで演技を見ることができなかったが、まいいや。何度でも再放送をするだろう。この内房での取材は、この先数回を重ねて、一冊になる。急に引き受けた仕事なので、バタバタはまだ続くのだ。

        館山で泊まったのは、民宿をリフォームして旅館にしました〜というお泊り処。2回も温泉に浸かったが、私にはお湯質がやや物足りなかった。畳に布団、トイレと洗面所は部屋の外、がちょっとばかりつらい年齢になってしまった。

         

         

        | wife編集部 | - | 18:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        超高級老人ホームを見学した
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          埼京線の武蔵浦和駅下りのホームから、凛とした富士山を見た。富士山はこんなところからも見えるのか。思わず見入った。昨年末、大阪にいる息子が新幹線からくっきりした富士山の全景を見て、初めて感動したと、興奮気味にその時の動画をみせてくれたことを思い出す。生まれも育ちも関西人の嫁ちゃんは、そもそも生の富士山を見たことがなかったとも言う。富士山は、まぎれもなく日本の山なんだな。

          私が本日武蔵浦和駅にいた理由は、蓮田の超高級老人ホームを見学したから。ここは、もはや老人ホームではない、高級マンションかホテルのようなたたずまい。広い部屋は76平米の2LDK、狭くても50平米のワンルーム。ビジネスホテルのシングルルームとは比べ物にならないくらいのゆったりさだ。1カ月間のお試し入居をしているセレブ婦人のお招きで、ホーム内のレストランでスペシャルランチもごちそうになった。現在80名ほどが入居しているらしいが、半分以上は男性だと。若い支配人が全館くまなく案内してくれた。「まだ空いていますよ」と言っていたが、そりゃそうだろう。普通の人は入れない。高いもの…。コンシェルジェが常駐する広いロビーで、こぎれいな紳士が新聞を読んでいた。大画面テレビでオリンピックを観戦しているご老人もいた。こっちも男性、しかも男性はいつも単独行動。誰ともつるまない。「こんにちわ、と言っても、フンとも言わない人が多いのよ」

          私自身の行く末とは絶対に縁のない場所、いい経験をさせてもらった。

           

          | wife編集部 | - | 19:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          恩師死す
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            大学のサークルの顧問だった先生が亡くなっていた。御年80代の後半、10年ほど前に脳溢血で倒れたものの、驚異的な回復でここ2,3年は言葉もほとんど戻り、親族や関係者を前に古事記の講演も行っていた。一昨年、私もその講演を聞いて、改めて日本誕生の頃の神話に思いをはせたものだ。

            背筋の伸びた昭和人の代表のような人だった。日本の古典を語る研究者たちは、酒を真ん中に集うのが常。サークル仲間も毎年、毎年、新年会やら忘年会やらで旧交を温め合ってきた。特に同期には、顧問が仲人という夫婦が何組もいて、親しさが格別だったと思う。

            渋谷のど真ん中に豪邸を構えていた先生だが、さすがに高齢夫婦の一軒家住まいが難しくなったようで、昨年の夏、調布の高級有料老人ホームに入居したという。同期の仲間は、何度かご機嫌伺いもしていたし、国領でちょっと名を知られているタイ焼き屋を営んでいる同期の仲間は、先生からの注文を受けてホームに大量のたい焼きを運んだという話も聞いていた。

            2月1日、仲間の一人が見舞いに寄った時、少し元気がないなと思ったそうだが、まさか、その夜に息を引き取ったのだと。すでにご親族のみで簡単に見送りを済ませたと、ずいぶん後になってから知らされた。いつかこういう連絡は来ると思っていた。それでもショックは走る。

            順番とはいえ、人生の終わりどころを強く意識してしまう。近い将来、自分にもその時が来るのだ。

            | wife編集部 | - | 11:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |